●クローネンバーグ監督「戦慄の絆(Dead Ringers)」
私がもっとも好きな監督ともいえる、(ご存命のかたがたのなかで・・・)カナダの監督、デービッド・クローネンバーグ監督(David Cronenberg)による、1988年の作品です。
カンヌでも数年前、審査員長をしておられました。
御年76歳(2019年3月現在)。
数日前にこのブログでご紹介した、映画「裸のランチ(Naked Lunch)」もクローネンバーグ作品です。
一卵性双生児の男性医師が突如、ニューヨーク市の高級アパートで二人で変死死体で発見されたという、実際にあった事件をもとにした作品です。
オープニングはまるで、解体新書から抜き出したんじゃないか、というような古くに書かれたと思われる人体のさまざまなイラストがインサートされます。
英国俳優のジェレミー・アイアンズが一人二役を演じるエリオット(エリー)とヴィバリー(男性です)の一卵性双生児たちは、子供のときから何をするにも一緒で、一緒に医学部へ進み、のちにヴィバリーが医師として現場を担当し、エリーがマネジメントを担当して二人で産婦人科を手広く経営します。
あるとき患者として来院した有名女優のクレアと二人は同時に関係を持つこととなります。
それまで均衡の保たれていたエリーとヴィバリーですが、クレアが出現することで、次第にその均衡を崩し始めます。ヴィバリーの薬物依存も度を越し始め、そして二人はついに、仲たがいすることになるのです。
「ニューヨーク市の高級アパートで男性一卵性双生児の医師二人の変死(自殺)」。
実際におきたこの事件から、クローネンバーグ監督がイマジネーションと創造力を使って(そしておそらく、倫理的には非常識ととらえられかねない、表現者としての好奇心とともに)クローネンバーグ・ワールドを全開させたのが、「戦慄の絆(Dead Ringers)」です。
原作があるにはあるそうなのですが、原作は「terrible」で(笑)そこからはだいぶ離れて作った作品とのこと(著作権とのからみでクレジットには入れているらしい。by Cronenberg監督)
●クローネンバーグ監督の「毒気」
こればかりはまったくの好みの問題なので恐縮なのですが、私はクローネンバーグ監督作品の「毒気」が大好きなのです。
いや、そんなものある?
そうおっしゃるかたもおられるかもしれません。
でも私は監督の作品中、いたるところに、独特の「毒」を感じるのです。
私のもうひとりの大好きな監督である、米国の故・ロバート・アルトマン監督(Robert Altman)からは強烈な皮肉やブラックジョークを私は食らうのですが、アルトマン監督とはまた違う、社会に対する皮肉や批判というよりも、もう、完全に、ご自身の世界が違う次元に存在していて、そこでのルールというのか、方程式というのか、「クローネンバーグ語」とでも呼ぶべきものに則ってさんざん毒気をまき散らしておられる、という感じなのです。
今回の「戦慄の絆」にしても尖端(せんたん)恐怖症のかたなら卒倒しそうな、ホントは前衛芸術家の作品として劇中で展示されていた、エイリアンの指先みたいな鋭く尖った指のような手のようなものを婦人科系の手術器具として主人公である医師に使用させようとしたりして。
フェミニズムなんてなんのその、とでもいいたげ。
実際にあった話(と原作)からインスピレーションを得ているとはいえ、一卵性双生児のかたたちが周りからよく言われるような、スピリチュアルで不思議な「親密度」をお互いにもっている、といわれる都市伝説のステレオタイプを利用して話を創っている、と言えなくもない。
なにしろ、女性を二人でス●ッピング(!)してしまうんですから。
独特の身体性、と表現されることもあります。
美人一卵性双生児の女優・モデル、ヘネシーシスターズも出演しています。コールガールとして。
いち観客である私の主観的な印象として、こういうところに「毒」を感じます。
私にとってはこういう監督、ほかには存在しません。
「ナバコフに打ちのめされて、小説家になることを断念した」なんておっしゃっておられるかたです。
ナバコフの「若いニンフに執着する中年男(ロリータ)」という世界観(小説の)も独特だと思いますが、私がクローネンバーグ監督作品が大好きなのはきっと、「この世でもない、まったく違う次元にあるまったく異質な世界へと映像を通して導いてくれる監督」ってことなんだと思います。
だから、監督作品はときに物議をかもすことも。
(カンヌで審査員特別賞を受賞した「クラッシュ(Crash)」はたしか、上映禁止になった地域・国があったはずです。カンヌでも賛否両論だったと聞きました)
●クローネンバーグ組
クローネンバーグ監督作品にはおなじみなかたが出演されていたりスタッフとして参加されていたりします。
「クローネンバーグ組」ですね。
なかでも私が注目するのは、俳優のDamir Andreiさん(博士号取得者)や実の妹さんで衣裳担当のデニス・クローネンバーグさん、そして、クローネンバーグ監督の毒気を神聖なクラシカルミュージック風味で和らげてくれる音楽のハワード・ショア氏です。
Andreiさんは私の知り合いでこれまた博士号を取得した人に似てるから、ということもありますが、とにかくトランスジェンダーの男性から鼻もちならない大使館の人間役まで、さまざまな役をわき役として見事に演じておられます
ハワード・ショア氏の音楽は、ともするとグロテスクになりそうなクローネンバーグ監督の映画に透明で繊細な絹織物のようなベールをかぶせてくれます。
映画にまた別の側面が生まれるのでクローネンバーグ監督の映画はさらに重層的な構造となってそれがよけいに映像としてのおもしろさを増幅させているように思います。
(「戦慄の絆」のオープニングも解体新書だけだとグロテスクですが、そこにバッハみたいな曲がかぶさることで、その絵が医学部か病院に設置された書籍の数ページ、のような印象を与えるのです)
「ロード・オブ・ザ・リング」の映画音楽も担当されていますよ。お聴きになられたかたも多いんじゃないかな。
クローネンバーグ監督作品の魅力、まだまだ語りつくせません。笑
いずれこのブログで、「クローネンバーグ監督祭り」をやろうと思います。