今日の記事は、
マニュエル・プイグ原作の小説を映画化した
1985年ブラジル・アメリカ合作映画
「蜘蛛女のキス(Kiss of the Spider Woman)」について書いています。
●芝居にもなった「蜘蛛女のキス」
●ラブ・ストーリー
●故ラウル・ジュリア(Raul Julia)
その他のおすすめ映画は、以下のサイトからご覧になれます。
●芝居にもなった「蜘蛛女のキス」(Kiss of the Spider Woman)
ブラジル作家マニュエル・プイグが1975年に発表した小説を題材にした映画です。
監督はヘクトール・バベンコ、脚色は「Mishima」も手掛けたレナード・シュレーダー。
主人公モリーナを演じたウイリアム・ハートがアカデミー主演男優賞を取るなど、出演者も製作者も、そうそうたる一流のかたたちばかりです。
トランスジェンダーのモリーナと、政治犯としてモリーナと同室であとから投獄されてきたヴァレンティンの二人が主要な登場人物。
そして、主要なシーンが刑務所内の二人部屋なので、芝居として舞台でも上演されやすいのかもしれませんね。
日本の劇団四季でも上演されました。
二転、三転、とどんでん返しされるので、エンターテインメントとしてもおもしろく、ブラジルを代表する女優、ソニア・ブラガがさまざまな役で幻想的に登場するのも物語に映像としての美しさを与えています。
(ボブ・フォッシー監督の「オール・ザット・ジャズ」に出てくるジェシカ・ラングJessica Langeのような存在です)
この映画を観て私はソニア・ブラガが好きになり、(そーいう女優さん、男優さん、監督が私にはいっぱい。笑)ソニアが出ていると知った映画で、「普通の人々」を監督したロバート・レッドフォード監督作品の「ミラグロ」も観に行きましたね。
そちらはまた違った印象で、一般人の役(?)でした。
それはそれで、きさくな雰囲気で親しみを感じました。
ソニアが黒髪だったのもその理由かもしれません。
●ラブストーリー (Love story)
私がこの映画を初めてみたとき、私にとってこの映画は「ラブストーリー」でした。
それも、哀しい物語。
そういう映画は私にはいくつかあります。
主題という縦糸には「政治」があることは観ていて明らかなのですが、横糸にはラブストーリーが貫かれています。
登場人物たちのこまやかな感情の変化や心のひだ、互いに対するゆっくりとした情愛の変化、そしてそれらによる葛藤などが見事に描かれ、サブテーマとして絡まり、大きな絹織物のようなこの映画を織り上げています。
映画も小説も、「人を描く」ことが主目的です。
政治を描くことではありません。
映画や芝居にも精通していたマニュエル・プイグの小説が、しっかりと人間を描いていたからこそ、バベンコによる映画もラブストーリーとしての激しい感情の揺さぶりや共感性を私に与えたのだと思います。
映画が与えてくれる感情の揺さぶりが映画のひとつの魅力であることが分かっていただけるかたにはぜひ、「せつないラブストーリーの1本」としておすすめしたいです。
「ひまわり」や「クライングゲーム」などにも通じる、心揺さぶられる物語です。
●故ラウル・ジュリア (Raul Julia)
ヴァレンティン役を演じた、プエルトリコ出身のラウル・ジュリア。
名優としてその名が世界的に知られるようになって脂が乗りに乗っていた54歳のときに脳卒中と胃がんを併発させて亡くなってしまいました。
その訃報をニュースで知ったとき、本当にとても惜しく、淋しい気持ちがしました。
アダムス・ファミリーの背の高いお父さん、といえば「ああ!」とヒットされるかたも多いのかもしれませんね。
映画に出演したことによる成功で世界的な俳優となりましたが、ブロードウェイをはじめとする米国の芝居の世界ではラウル・ジュリアは1960年代からすでに活躍しています。
私が米国の大学に留学していたころ、公共番組PBS(Sesame Streetなどを提供しているテレビ局)では「Masterpiece of Plays」というような名前の芝居に関する番組が毎週放送されていて、私は好んでこの番組を観ていました。
あるとき、70年代ごろの古い映像が流れて、そこにはまだ無名に近い若きメリル・ストリープとラウル・ジュリアが舞台で一緒に芝居をしている姿が映し出されていました。
ほんの数秒のインサート映像だったこともあり何の芝居だったのか、いまではまったく覚えていませんが、日本ではもちろんのこと、米国人でも「そこ」にいかないとその芝居は観られないのですから、貴重なものに触れた思いがしました。
映像の世界でも活躍する実力ある俳優さんたちがかなり若いころから芝居の世界でしっかりと基礎をつくりあげておられるのは日本でも同じだと思います。
映像作品でその俳優さんのファンとなり、舞台上でもそのかたの姿を少しでも観られるのは映画ファンにとってはやっぱり嬉しいものです。
「いま、この瞬間、おなじ空間でご一緒してる!」という気持ちもあります。
ラウル・ジュリアがいまでも生きていたら、私は彼の芝居を観に、New York やLondonへ飛んだはずです。(現在、ある映画俳優さんの芝居を観にどちらかへ飛ぶことを画策中です。笑)
とにかく、惜しい。
ご冥福を心からお祈りします。