⚫️”Cheating” 小山ケイの「言葉の思い出」
米国大学かを卒業して帰ってきたときのことです。もう何十年もまえ。
渋谷の東急東横線が終点(始点)駅だったころですから、本当に大昔の話になります。駅で折り返して下り用に扉が開くのを私は待っていました。隣には、アメリカ人と思しき男の人と日本人の女の人が立っています。当時の私より年上に見えたので、おそらく30歳前後くらいでしょうか。お二人は英語で話してます。
「早く開かないかなぁ。早く。早く」と男性。
女性のほうは無言か小声だったのか、私の耳には彼女の声は届きませんでした。
私もせっかちです。
「早く開かないかなぁ」
男性と同じことを思っていました。
どうやらそれが、態度に出てしまったらしい笑。
私はほんの少し前のめりで、お二人よりも半歩、足を踏み出しています。
先に並んでいたのは彼ら。
男性のほうが女性にこう呟きはじめました。
“She’s CHEATING.”
日本語で言ったら、「ズルしてる」。
“She”とはだれのことか?とキョロキョロしたけど、ああここには私しかいないのだから私のことだわ、と気付きました笑。
え、ズルしてるって、、、
そっか。扉が開いたら私が彼らよりも先に一目散に電車に飛び乗って椅子取りゲームしようとしてる、って思われたのだわ。
私はそう理解したとたん、なんだか向っ腹がたったのでした。
私が英語を理解しない人間だと思ったのでしょう、だからいたって普通の声量で
“She’s CHEATING.”
と言った。この英語Nativeの男は。
いまにして思うとおかしいのですが、「あたしは椅子取りゲームなんかしないよ。おたくたちのほうが先に並んでんだから」ということと、「おたくの言ってる英語、あたしはちゃーんと理解しちゃってるよ」という、自分の規律正ししさと英語能力が挑戦されたように感じて、イキリたったのでした。なんて幼い笑。
男性も男性で、私が英語を理解しないわと思ったから、茶化すように女性にいってしまったのだと思います。
さて。
扉が開きました。
イキリたってる私は次の瞬間、男性に向かって、「さあわお先にどうぞ」と手をさしのべたのです。さあっと。
男性が文字通りサッと固まるのがわかります。「この人、ボクの英語理解したんだ」。男性の固まる気配と戸惑いからそう言ってるのがわかる。
次の瞬間、そのNativeは私の目を見て、「やあ!」といわんばかりに笑顔を送ってきてくれました。
車両は若干混んでいます。
たしか菊名駅のあたりで降りたはずですが、渋谷からそれまでの約20分ほどの間、私はそのNativeと何度か目を合わせましたが、そのたびにかれはわたしに笑顔をおくり返してくれたのです。かっ飛んだような、アメリカ人によくある笑顔。
おりぎわもしっかり、車両の外側から私を見て笑顔をくれました。
束の間のすこしばかり風変わりなやりとりでしたが笑、私はこの思い出から”Cheating”という言葉を自分の頭のメモにピン留めしているのです。「カンニング」以外の意味を持つ言葉として。
