「英語の習得」にも段階があると思う。by 小山ケイ Levels of people handling a language

今日の記事では、母校の青学から単位をもって米国オレゴン大学へ編入学して卒業し、15年以上に渡って「サステナビリティ・ESG・気候変動」などに特化した専門翻訳会社を経営しながら再び青学(大学院)へ戻ってMBA(修士号)を取得した私・小山ケイが、「英語の習得の段階」について書いていきます。

<もくじ>
●「英語の習得」にも段階があると思う。by 小山ケイ
●1)「英語ぺらぺらになりました~」とマスコミやマスメディアで言っている人のレベル。
●2) 日常会話程度なら話せるレベル。
●3) nativesの言ってることもしっかり、理解できるレベル。
●4) 知性が試されるような内容について、かんかんがくがくとやりとりできるレベル。
●5) ビジネスセミナーやTEDのような、大人のnativesもあつまる場所で、プレゼンができて、なおかつその場での質疑応答にも流ちょうに対応できるレベル。
●6) 対人関係において、微妙なニュアンスの話や、相手がいわんとすること、相手が「理解してほしい」と思っていることが手に取るようにわかるレベル。

 

このブログ「小山ケイ:Feel this precious moment」はいくつかのカテゴリーに分かれています。今日の記事は「英語(潜在意識を味方につけて)」のカテゴリーで書きました。同じカテゴリーの過去記事は下からご覧になれます。

●「英語の習得」にも段階があると思う。by 小山ケイ

「英語の習得」とおおざっぱに言っても、その能力には段階がある、とつくづく思います。

言い換えると、「英語ぺらぺら」もぴんきり。

私の思う、「英語ぺらぺら」もぴんきり、は次のような感じです。

米国大学に正規留学して、正規のWritingの授業をNativesと一緒に受け、そしてプロの翻訳者として約20年、英語に関わってきた私の感想です。

 

1)「英語ぺらぺらになりました~」とマスコミやマスメディアで言っている人のレベル。

→ テキストやカンペ(?)があり、それを丸暗記してソラで言えるようになる。

Native講師も、本国では英語の専門的な教授法などを受けたわけではなく、「英語のnativesだから」と本を出したりマスコミにひっぱりだこ、のようなレベル(ということがある)。

 

2) 日常会話程度なら話せるレベル。

→ 1年くらい英語圏に住んだり、世界中を旅して英語で毎日会話したりするとなるレベルですね。

 

3) nativesの言ってることもしっかり、理解できるレベル。

→ 自分の言いたいこと(ソラで覚えた1))だけではなく、相手の言いたいこともしっかり、理解できるということ。

ようするに、相手とコミュニケーションがはかれるレベル。

 

4) 知性が試されるような内容について、かんかんがくがくとやりとりできるレベル。

それに則した内容の文章も書ける。

セミナーであればその内容がしっかり理解できる。

 

5) ビジネスセミナーやTEDのような、大人のnativesもあつまる場所で、プレゼンができて、なおかつその場での質疑応答にも流ちょうに対応できるレベル。

→ 後日に文書でのやりとりもできる。

→ 論文も発表可能。

 

6) 対人関係において、微妙なニュアンスの話や、相手がいわんとすること、相手が「理解してほしい」と思っていることが手に取るようにわかるレベル。

→ このレベルになると、言葉を超えてます。笑

万国共通の「感受性」ってやつですね。

 

帰国子女であっても、正規留学経験者であっても、駐在経験ありのビジネスパーソンであっても、みんながみんな、6)まで到達するわけじゃない。

同様に、自分の努力だけで6)まで到達する人もいる。

それは実は、nativesも同じ。

nativesがみんな、6)の「感受性豊か」な表現者であるわけじゃない。

ですよね?