【MBA】国内・海外で「MBA」を取得する意義

今日の記事は MBAを取得する意義について、
あらためて書いてみようと思います。
●MBAを取得する意義
●私の友人たちの例
●私の感じたこと
前回の記事は以下のページからご覧になれます。

●MBAを取得する意義

私が取得してよかったと思える点については以前、このブログで記しました。

総体的なMBAコースの価値や意義としては、つぎのようなことじゃないかな、と私は思います。

1)他者との知の共有とその深化

2)国内外のビジネスを自ら動かしていくというダイナミズムのチャージ

3)定量分析と定性分析の精度を高める場であり、そのバランス感覚を習得する場

4)「straightforward & self-control」なマインドを習得する場(あえて日本語にすると、意見やモノの見方、姿勢がふわふわとぶれずに、頭、つまり考えや意見に無駄がなくまっすぐに人に届く物言いや、克己心、という感じでしょうか)

国内で働きながら取得されたり、あるいは休職して海外で取得されたり、MBAの取りかたはいろいろあると思いますが、ご自身が「取りたい」と最初に直感で感じたものがあるはずです。

それを文字にして書き出してみて、自問自答してみると良いと思います。

●国内・海外で「MBA」を取得する意義

Ireland

私がブログで記事を書くようになっておもしろい、と気づいたことは、「MBA」で検索してみると、1、2ページ目に結果としてあがってくるのは

●MBAが無用かどうか(役立たずかどうか)、

●国内MBA vs. 海外MBA

というお題がかならず入ってくることです。

これらの視点の基本は、「他人との比較」「他人あっての自分」。他人から見てMBAが不要かどうか、他人から見て、MBAはどこのMBAがよく見えるか、日本か、米国か、欧州か、それともアジアか。

「他人」である上司は、会社は、企業は、人事担当者は、ヘッドハンターは、MBAをとったアタナをどう、評価するか。良い評価か、悪い評価か。彼らにとってアナタの年齢はどうか?学歴はどうか?

私のような、脱サラして、自分の意志でフリーランサーの翻訳者になったり、会社経営者になったりする人間から見ると、ものすごく、不思議な現象です。

書いておられるかたのほとんどはおそらく、日本社会にあるといわれる「レール」にしっかり、乗ってこられたかたなんでしょうね。それも、男性。きっといつも、「他人の目」「他人による自分に対する評価」を気にして生きてこられたんじゃないかな。

小学校から高校まで、塾に通ってひたすら勉強し、「偏差値」の高い超有名大学へ入ることを目指し、入ったら入ったで「良い会社」と言われるところへ就職することを目指し、あるいは国のリーダーとなることを目指し、そして就活・国家試験にまい進し、それらがトントン拍子で成功すると、今度は婚活し、従順でいつも一歩控えめな雰囲気の女性と30歳前後には結婚し、子供を2人もうけて家を買って、車を買って、そして、みたいなかんじ。

(それらを10代のときから拒否しつづけた私なので、総日本人論、のような話をマスメディアや書籍から知ると、「へぇそんなもんがあるんだ」と自分がE.T.(Extra terrestrial life) になったかのように感じるのではありますが。

ほとんんど、青学学友会の大先輩「尾崎豊」の気分です。笑)

渋谷のCross Tower。青学学生の通学路です。
尾崎豊さんが青学高等部の高校生だったころ、
通ったのだと思います、写真に写っている
ガラスの向こうには、尾崎豊さんを偲んだ
記念碑が掲げられています。命日になると
ファンのかたが全国からギター1本で集まって
演奏されています。

どこで取ろうと、自分さえMBAを取る目的を軸として持ち続ければ、それで大丈夫、ということを今日は、MBAホールダーである私からこれから取ろうとしているかた、あるいは在学中のかたへ贈りたいと思います。

「自分(あなた)」はMBAを取得したいと思っているのか、したくないと思っているのか。この点が大切です。

他人の意見を聴いて、「日本企業では評価されないから」と躊躇していたら、実はそのすぐあとに外資系に転職することになってまわりはMBAホールダーばかりだった、でも彼らの高度な議論にまったく意見を挟めなかった、なんてことだってありえるわけです。

●私の友人たちの例

その1)

同級生に某大手外資IT企業の役職者をしている人がいます。彼は同じく同級生のA子とB夫を卒業前後の時期に自分の部署へヘッドハンドしました。

A子もB夫もそれまで日系企業に勤めていましたが、私から見ると、「あの外資ITへ勤めることになるなんて、大出世じゃないか!」と思えます。

それまでの二人の勤務先が「しょぼい」、ということではなく(笑)、私が考える「未来」とつながっているところへ転職した、と思えたからです。

未来とは、「AI、SNS、スマホ、クラウド、動画」ということです。

「有利なところへ転職したい」と思っているかたは多いでしょう。でも、転職とはなにも、あなたが履歴書を企業へ持参して面接官と面接して採用される転職、ばかりではないのです。

選択肢をせばめてはいけない。

上場を検討している同級生から、「一緒に会社を経営してほしい」と頼まれて起業家となることだってありえるわけです。それでExitしたら大金持ちかもしれない。

若い人こそ無限の可能性、というものに目をつぶってほしくないです。

ジジくさく小さくまとまるのではなく。

その2)

 私自身は「博士課程へいらっしゃい」となんどかお誘いを受けましたが、しこしこと商売をしていることが性分にあっていたのでお断りました。

でも、青山MBAコースだけではなく、他校や海外で取得した友人・知人のなかには、「MBAでみっちり勉強していたら、疑問点がでてきて、さらに博士課程でどっぷりつかって、研究したくなった」とか、「MBAコースで研究したことをさらに実証研究したくなった」といって博士課程に進む人がいます。

私には新規性ある研究課題はまったく思いつかなかったのですが、彼らはMBAコースで学ぶことで自分にしか研究できない課題、というものがみつかったのでしょう。

なかでも、当初は博士課程へ行くとは思えなかった起業家である同級生が「研究したくなった」と博士課程へ進んだときは本当に驚かされました。

MBAで学んだからこそです。

学問とのそういう出逢いの魅力も否定してはならないと私は思います。

(私自身は60歳ごろにPh.Dを取りに行こう、とは思っていますが、いまのところ、DBAを取るつもりはまったくありません)