小山ケイの人生ドリル96 – 「とにかく、走り出す。何かをしようと思ったとき」Move before you are trapped in a maze of thoughts.

今日の記事では、新卒で銀行員となり、その後も15年以上に渡って「サステナビリティ・気候変動・地球温暖化対策・環境CSR」に特化した専門翻訳会社を経営している私・小山ケイが、ビジネスパーソンを含めて、「とにかく動く。走り出す」ことが大切であるということことについて書いています。

<もくじ>
●とにかく走り出す。何かをしようと思ったとき。
●「命とられるわけじゃなし」は呪文です。行動するための。


このブログ「小山ケイ:Feel this precious moment」はいくつかのカテゴリーに分かれています。今日の記事は「徒然なるままにひぐらし。」のカテゴリーで人生ドリルシリーズとして書きました。同じカテゴリーで書いた前回の記事は下からご覧になれます。




●とにかく、走り出す。何かをしようと思ったとき。

田町付近

[the_ad id=”11588″]

人は何かをしようと思ったとき、ついあれこれと考えてしまいがちです。

私もそうです。

このブログで以前書きましたが、たとえば私が青学のビジネススクールへ通うさい、「いま出願するべきか、いややめるべきか」と悩みました。

小山ケイ過去記事】MBA取得のために母校青学のビジネススクールを選んだこと(1)

 

さくら

出願のタイミングだけではありません。

母校の青学にするまでも、「どの学校にすべきか」で悩み、ビジネススクールに通うことそのものを悩み、ありとあらゆることを「悩みの種」として拾い上げては悩みました。

私のなかで「ビジネススクールへ通う」という選択肢がなんとなくでも浮かんできてから実際に出願するまで、思えば数年の月日が流れています。

そのあいだ、まったく何もしなかったわけではなく、GMATを受験してみたり、青学以外のビジネススクールの説明会に出かけたり、MBA取得者の集まりに参加してみたり、いろいろと行動はしていました。

よって、自然の流れの中でまるで導かれるようにして結局、あのタイミングで母校のビジネススクールを選んだのですが、これがなにもせずに「ああでもないこうでもない」と思いめぐらしているだけの数年間であったらとてももったいなかったと思います。

出願をするそのときも踏みとどまりそうになりました。けれど、けっきょく「行くか行かないか」の二者択一のなかで右往左往しているだけですから、それに気づいて動けたのは良かったと思います。

けれど、私の日々の生活の中ではわりと、この「二者択一」のなかで右往左往することは多いです。

それも、こまごまとしたことで。

そんなこと、ありませんか?

青山学院の正門

「見切り発車」という言葉があります。

生きることの中で見切り発車という言葉が使われると比喩ですが、実は「発車」しながら動き回ることのほうが生産性高く効率的で効果的な結果が得られることは多い、と私の長年のビジネス人生のなかで感じてきました。

Takanawa Gateway Station in Tokyo

見切り発車と思えることも自分の心の奥底では動き出すタイミングが来ていることを確実に知っていることがあります。

だから、見切り発車ではない。ベストタイミングなのです。

振り返るとよくわかる。

【動きだすことの利点】

1) 会う人や情報が多様になるため、思いめぐらしていた自分の考えに新たな視点が生まれやすい。

2) 自分の頭の中だけで作り上げられた世界が幻想だったり妄想だったりすることがある。そのための軌道修正。

3) 考えるまえに行動する癖がつく。

4) 前進しやすい(学問であったり新たな知見であったり)。

5) 考えがまとまりやすい(上記の1-4をまるでPDCAのように回し続けるからだと思います)。

6) 自分が成長する。

●「命とられるわけじゃなし」は呪文です。行動するための。

それでも、どうしても考え込んでしまうことはありますよね。

「ああ、あの書類作成、どうしよう」

「今度の会議の発表、気が重い」

「パワポ、どうしよう」

「レポート、どうしよう」

「いつ手続きに行こうか」

これらは私もこれまでたくさんたくさん、悩んできた数々の「悩みごと」。

冷静になってよく見てみると、「なんだ、平和だな」と思えます。世の中にはうんと大変なことで苦労されているかたも多いというのに。

年を重ねるにつれて私にとっていま一番の恐怖は何だろう、と思うと、自分がよくわからないこと、実際に経験した人の経験談がほとんどないことだと気づきます。

それはつまり、「死」です。

臨死体験をされたかたは多いのでそのかたたちのお話は聞ける。けれど、実際に「あの世」に行ってしばらく住んで(?)からこちらに来た人の話は、いわゆる「霊感」の強いかたか、「あの世の記憶がある」人からしか聞けません。そしてそういうかたは少数派です。私も友人にひとりいるだけ。

であれば、よくわからない「死」以外は当座のところ、それほど怖いことではない。

そうして私は悩み事にとらわれたり自分が行動せずに頭の中だけで思いめぐらしそうになる時はいつのころからか、「命とられるわけじゃなし」と唱えて行動するようになりました。

なんだかふっと吹っ切れるような気がするからでしょうね。

ビジネススクールに出願したからって「命とられるわけじゃ」ありません。

たとえ見切り発車のように思えても。

気が重い会議も、命とられるわけじゃありません。長い人生のたった1、2時間のことであり、その会議によって自分が成長したりまわりに好印象を与えたり高評価となることもありえます。

「命とられるわけじゃなし」と唱えてみる。

すると気がすっと楽になって動きやすくなります。私はそうです。

自分のボールが止まることなく、つねに回り続けているようなイメージ。それが「とにかく走り出す」ということなのです。

[the_ad id=”11588″]